東北沖大地震 – M8.8

まずはじめに被災された方々へのご無事と、不幸にも命を落とされた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

人生で最も大きな地震といってもいいと思う経験でした。
会社で業務中だったのですが、つくつくといった細かな縦揺れの後に大きくうねるような横揺れが非常に長い時間(と感じるほど)続いた、本当に恐ろしい体験でした。建物の設計を生業とし、日々ある意味地震と戦っている身として、大地震時の建物の現実を体に染みこませる貴重な経験となりました。経験というには不謹慎かもしれませんが、やはりそれは大事な現実でした。

実際に建物が大きくうねり、二次部材が細かな破損を伴う状況は大変に恐ろしく、人間の無力さを感じました。建物の設計は様々な要素を元に大きな方向性をまとめ上げて参りますが、当然人命をまず第1に様々な基準を満たしつつ検討を加えます。その際には大変に多くの技術的基準を満たしながら整理をしていくのですが、その意味の重さを改めてよくよく自分にたたき込む出来事となりました。

これからも建物の安全性を最重要課題に、想定しうる様々な技術的対応の可能性に努力をしつつ、業務に努めていきたいと心に誓いました。

【追記 というか記憶のためのメモ】
帰宅は徒歩となりました。赤坂から世田谷へ約2時間の道程でしたが、不思議と混乱も騒乱もなく、淡々と道のりは過ぎていきました。246をたどって行きましたが、人は溢れ、車は大渋滞であったにせよ、そこに無秩序と感じる事象は無かったのが、不思議というか、安心したというか、ああ、日本なのかな、という実感と印象でした。建物はやはり不思議と破損が少なかったですね。機能が維持されている建物が多かったです。素晴らしいことですね。古いビルの窓ガラスが割れて落下している場所がありました。ガラスの大開口をもつアルミカーテンウォールの建物には破損は無いようです。この辺も想定されている必要性能と実現している技術的要件の整合性が取れているようですね。目にした限りですが、工事現場でも特に問題があるように感じる雰囲気はありませんでした。確かに交通網幹線の確保は大事なことだな、と感じました。耐震補強方針における都行政の判断と方針は間違っていないように感じました。高層ビルによる公開空地の確保と、一般設計による密集型建物建設については、こと都心部においては空地の必要性についてはなかなかに重要な課題であるという印象を受けました。個人的見解ですが、総合設計の都市行政的意義は、こと東京都都心部においては有用だと感じる部分はあります。インフラの破綻も無いようでした。交通網の回復も早かったですね。バス網の充実は、理由こそ考慮する必要はありますが、柔軟性を含め公共交通としては重要かとの印象です。建物の内外にかかわらず、二次部材の技術的検討の必要性については、まだ現状任意でしかありませんが、十分に考慮すべき対象だと思います。直接的に被害が生じるのはこの部分ですから。都市機能における建物の役割と重要性を鑑みれば、防災都市という総体は、防災意識を持った設計が成されたここの建物の集合体により成り立つ、という基本に再度立ち返るべき、と強く感じました。

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